せめてあと5〜6年でも生きられたらインターネットで落合さんにアクセスも出来たものを…と叶わなかった息子の願いが悔しくて、悲しくてなりません。
「お父さん、お母さん、私は一人息子なのに将来海外で生き、どこかの国に帰化することになるかも知れない。二人の面倒を見ることが出来ないかも知れないけれど許してくれますか?」高校を卒業する時言った彼の言葉に「私達の事は気にしないで。あなたの人生はあなた自身が歩むものだから」と答えた私達。
「あなた方の子供としてこの家に生まれて良かった」この言葉を残して3年後彼は二度と帰らぬ人となりました。
彼が大学に入学し広島の家を出て行った時、私は子供との訣別を心に誓いましたが、永遠の訣別となろうとは…
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