-山東旅情-

 6月15日から約半月間中国山東省を旅してきた。山東省旅遊局からの招待だった。これまでに北京を初めとする大部分の大都市や省を訪れたが山東省には縁がなかった。 山東省は北京から南へ約250キロのところにあり、人口は9,600万人、面積は日本の約3分の1。
  広東省に次ぐ豊かさを誇る山東省は圧倒的に緑が多い。チンタオ(青島)から省都ジーナン(済南)に向かう高速道路の両側にはどこまでも緑の野菜畑が続く。イタリアのトスカーナ地方を思い出させる。
  しかしなんと言っても山東省の素晴らしさはその歴史の豊かさにある。この点については日本ではあまり知られていないのではないか。
  一言で言えば中国の歴史は山東省で始まったと言っても過言ではない。黄河文明発祥の地であるから当然と言えば当然のこと。三国志の主人公のひとりである劉備玄徳が成都で蜀漢の皇帝の地位 につき、諸葛亮がその丞相となった紀元221年から900年も前に斉の国では皇帝桓公に仕える名宰相管中が政治改革を行っていたのだ。今から2600年も前のことである。その斉の国があったのが山東省である。
  そこには万里の長城が作られる300年以上も前に作られた斉の長城も残されている。孔子、孟子の廟から水滸伝の英雄たちが住んでいた梁山泊、神の山と拝められ孔子廟と並んで世界遺産に指定されている泰山、シ博の殉馬坑、孫子や諸葛亮の墓などなど、まさに歴史の息づかいが聞こえてくる。
  最後の3日間はチンタオで過ごしたのだがここはかつてドイツ租界や総督府があったので今でも街はヨーロッパ的な感じを残している。風光明媚で週末のくつろぎにはもってこいの街だ。
  ここであるハップニングがあった。撮影中に編集者が財布を落としてしまったのだ。だが本人は仕事に熱中してたあまり落としたことさえ気づかなかった。ホテルに帰ってみるとフロントから呼ばれて初めて落としたことがわかった。フロントの説明によると財布を拾った人がホテルに連絡してきたと言う。財布のなかにその編集者が前に頼んだタクシー呼び出し券が入っていたのでホテルの名が分かったのだ。身分証明書も入っていたためあとはホテルに問いただせばよかった。
  財布の中には日本円が5万円プラス多額の金が引き出せるクレジット カードが何枚か入っていた。中国では5万円でも大変な額だ。そのうえやろうと思えばクレジット カードはいかようにも使える。
  だが拾った人はわざわざその財布をホテルに届けにきてくれた。
  于(ウ)というその人は32歳。最近失業したばかりで一時的に母親の野良仕事を手伝っていると言う。その日も母親とキュウリを植えて帰路についたとき道端に落ちていた財布を見つけたのだという。
  于君は礼金を受け取るのをかたくなに拒否した。当たり前のことをしたのに礼など受け取るのはおかしいと言うのだ。特別 豊かでもなくしかも失業中であることなど彼には関係なかった。財布を拾ったとたんに彼は条件反射的に持ち主を探して届けることを決めていた。
  気位の高さや精神的貴族性を説くにあたってかのニーチェは善を行うのに理由があってはならない、それは衝動的なものであるべきとニーチェは言った。この言でいけば于君はまさに精神的な貴族と言えよう。
  気位の高い人種はどの国にもいるものだということをこのエピソードは改めて教えてくれた。
  今回の旅行の過程で山東省旅遊局の局長李徳明氏から山東省の観光大使になるよう要請されたので受けた。中国の政治はいいとは思わないがその歴史には深いものがある。歴史が大好きなおれにとっては非常に魅力的に映る。「勝ち組クラブ」のメンバーにも是非山東省の歴史を味わって欲しい。

 

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